「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

知識や経験が邪魔をする

今日は子供達と一緒に世界バレー(女子)の日本対セルビア戦を見ていました。

 

相手はここまで7戦全勝、しかも1セットも落としていないという強敵。

 

平均身長でも日本より10cmも高いのです。

多分手の長さも違うので実際には20cmくらいの差になるのではないでしょうか。

 

1セット目は力で押し切られあっさりと取られてしまいました。

 

「ああ、これはダメかな・・・」

 

なんて思っていましたが、その後の3セットを日本が連取して

なんと日本が勝ってしまいました!

 

さて、自分はバレーボールをしていましたので、ついつい色々と予測してしまいます。

 

自分の経験や今までに見聞きしてきたことから、

 

この場面ではこうだ、、、

ここを取れないと厳しいな、、、

このプレーが試合を決めるぞ、、、

 

など、色々と思ってしまいます。

 

では、実際にどうだったかというと、、、ほとんどその通りになっていません。

 

一流の解説者ではありませんから、当たり前の話ですね。

 

まあ、それはそれとして置いておいて、

今、こうして振り返って考えてみると、

 

私は本当に試合を楽しんでいたのだろうか?

 

とふと感じます。

 

今、目の前に起きていることを純粋に味わっていたのだろうか?

 

目の前の事実をありのままにそのまま受け取っていたのだろうか?

 

例えば、一つ前のチャンスを生かせなかった場面では

 

「ああ、これで相手に流れがいってしまうな、、、」

「こういう時によく連続点を取られるよな、、、」

 

なんて思います。

 

ところが実際には、あっさりと決め返してしまったりします。

 

応援しているチームが決めたので嬉しいのですが、

心のどこかで「がっかり」したような気分もあったりします。

 

心の底から喜べていない感じです。

 

私は、目の前のプレーを応援していながらも、

自分の見方(予測など)が正しいかどうかを気にしているようです。

 

どうやら私の知識や経験が、

「今ここ」で起きていることに純粋に向き合うことを邪魔しているようです。

 

今、目の前で自分と話をしている人に対しても、

相手は「こういう人だ」といつの間にか思い込んでいると

結局、今の相手のことを見誤ります。

 

意外と付き合いが長いほど、関係が近いほど、こういうことが起きがちだったりします。

 

私たちは今までの経験や知識から「予測」や「予想」を自然としています。

そして、無意識にその「予測」や「予想」通りのことが起きることを「期待」しています。

 

この「期待」が、今、目の前にあるものをゆがんで見せてしまうことがあります。

 

これは無意識のうちに起きていることなので、自分で無自覚です。

 

こんなことが自分の判断や周囲との関係性に良くない影響を与えているかもしれません。

 

「予測」「予想」をしないようにするのは困難です。

だから、「予測」「予想」をしないようにするよりも、

自分が常にそうしたことをしているのだ、ということを忘れずにいようと思っています。

 

そう思うことで「期待」に囚われた心が自由になれる気がします。

 

目の前のことに改めて素直に向かい合える自分を感じます。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

  

では、また。