2種類の「我慢」
何かを成し遂げるためには「我慢」が必要なときもあります。
「我慢」が出来ないといけないこともあります。
日本人的には「我慢」は美徳的に捉えられることが多いきもします。
ただ、最近この「我慢」にも2種類あるように感じます。
何が違うのか考えています。
今自分の中で感じているのは「目的」の有無が違いを産んでいるような気がしています。
何かを成し遂げるために、
つまり「目的」が明確になっていて
それに必要なこと以外は「我慢」する
これは大事なことだと思います。
ただ「我慢」することが癖になっているような「我慢」もあります。
本当は嫌なんだけど、、、
本当は受け入れたくないけど、、、
「しょうがないよね」と言って現状に甘んじて「我慢」する
この「我慢」が癖になっている場合は、
向上心や成長に繋がっていかないように思えます。
こういう我慢をするタイプの人は
何かをしようとしても、二の足を踏みます。
こうしよう!と提案しても、
出来ない理由を見つけ出して
現状を変えようとしないことが多くあります。
ただ何かに耐えるだけでなく、
その先にある自分の目指すもののために耐えるべき時は耐える。
やはり「目的」が大事なのだと思います。
何のために何をするのか。
今していることは一体何のためなのか。
何を目指して今活動しているのか。
こうしたことを今までどれだけ意識してきたか。
また、周囲の関わる方にどれだけ意識させてきたか。
最近、そんなことを感じることが多いです。
今日は短めですが、ひとまずここまででです。
今日もここまでお読みいただきありがとうございます。
では、また。