「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

花は一瞬にして咲かない

【花は一瞬にして咲かない】

 

仏教詩人と言われる坂村真民さんの言葉です

 

花は一瞬にして咲かない。

大木も一瞬にして大きくはならない。

一日一夜の積み重ねの上に

その栄光を示すのである。

坂村真民

 

花がまさに開くその一瞬、

成果が出たまさにその時、

ブレイクスルー(突破)した!と感じられる瞬間、

 

そんな瞬間は確かにあります。

 

しかし、その瞬間はそれだけで成り立ったものではありません。

 

今まで見えなかったり、

感じられなかったりしたかもしれないけれど

そこまでの動き、変化が積み重なった最後に

その瞬間が訪れています。

 

その瞬間のちょっと前までは、

それまでと一緒で何も変わっていないようにしか

見えないし、感じられないものです。

 

何も変わったように思えないから、

つい行動をやめてしまう。

 

これが何かを成し遂げることのできないパターンです。

 

もしかしたら、

あと一日で花が咲くかもしれない

あと一回で成果が出るかもしれない

あと一歩で突き抜けられるかもしれない

 

でも、それは過ぎてみないとわからない。

 

だから、いつそれが訪れるのか確信が持てない。

不安がどうしてもつきまとう。

 

その不安に負けないように頑張る。

 

今日こそは、、、

次こそは、、、

今度こそは、、、

 

と思いながらも、

その時がまだ訪れなかったとわかる度に

挫けそうになる。

不安は大きくなってくる。

 

それにたった一人で立ち向かうのは、

正直つらいです。

 

一人だけで頑張り続けるのは辛いです。

 

もちろん一人で最後まで行けるのは素晴らしい事です。

 

でも、誰かの力を借りてもいいかもしれません。

 

決して、全部肩代わりいてもらうのではなく、

前に進む力がもう出せないと感じた時に

あと一歩が踏み出せるよう誰かに勇気づけてもらってもいい。

 

勇気は力に変わります。

 

では、そんな勇気は誰から与えてもらえるか。

 

自分と同じように頑張っている人がいる。

そう思えるだけでも少し力が湧いてきます。

 

同じように頑張っている人の言葉は

自分にも勇気を与えてくれます。

 

私は、そんな風に思っています。

 

だからこそ、

すでに成功した人間として自分の実績を誇らしげに語るのでなく

今まさに自分も同じ実践を続ける者として

現在進行形で感じることを発信していこうと思います。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。


では、また。

毎朝の思考習慣:今日のご機嫌宣言!「出来る事がある」

【今日のご機嫌宣言!】(2019.4.18

 

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「出来る事がある」。

 

「出来る事がある」と考える。

 

結果を出す事だけに囚われると、

不安や焦りを感じてしまう。

 

不安や焦りを感じても、

今の質は高まらない。

 

先のことは誰も保証できない。

 

自分に出来るのは、今出来る事をするだけ。

 

どんな時でも、今出来る事がある。

 

例えば、

 

笑顔になってみる、

深呼吸してみる、

「ありがとうございます」と口に出してみる、、、

 

出来ないことではない。

やろうとしていないだけ。

 

やったら何かが変化する。

 

自分の心に変化が起きる。

 

心が変われば、見え方も違ってくる。

 

いつでも「出来る事がある」。

 

さあ、始めよう!

 

今日もごきげんな一日を!!

 

「不安」の先にあるもの

【「不安」の先にあるもの】

 

「不安」をなくそうとしてもなくなりません。

 

「不安」は感じないよにしても

いつまでも「不安」から離れられなかったりします。

 

自分の感じる感情は、自分にとっては必然なものです。

自分が感じている感情を否定する必要はありません。

 

他人がそう感じていなくても、

自分が感じていることは

自分にとっての真実です。

 

それを否定することは、

自分を否定することでもあり、

そんなことを続けていくと、

自分を信じられなくなります。

 

「自信がない」という状態になってしまいます。

 

少し話が逸れました。

 

「不安」も否定する必要はありません。

 

「不安」を受け入れればいいだけです。

 

とは言え「受け入れる」と言われても

ずっと「不安」を感じ続けているのも困ります。

 

「不安」を受け入れるとは、結局、

どのように「不安」に対するのが良いのでしょう?

 

「不安」を感じるということは、

「不安」を感じる状況になりたくない

 

ということです。

 

ということは、

 

「不安」を感じるということは

そもそも「不安」を感じない状況を望んでいた

 

ということです

 

つまり、

本当に望んでいることや

本来やろうとしていること

に近づいていない時に

「不安」を感じていることになります。

 

つまり「不安」は、

進む方向が違っていることや

目指しているものが違っていることを

教えてくれるものなのです。

 

「不安」に限らず、

一般的に「ネガティブ」と言われる感情は

同じことが言えます。

 

「不安」や「ネガティブ」な感情は否定するのではなく

それを受け入れた上で、その感情にとらわれないで

その先にある本当のゴールを見つける為に使えます。

 

そのゴールが見つかれば、あとはその為に必要な

今できることに意識を集中して行動するだけです。

 

行動している時は、もう「不安」は感じていないはずです。

 

こう考えると「不安」や「ネガティブ」な感情は

結局、今の行動の質を上げてくれるありがたいものかもしれません。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。


では、また。

毎朝の思考習慣:今日のご機嫌宣言!「貢献しよう!」

【今日のご機嫌宣言!】(2019.4.17

 

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「貢献しよう!」。

 

「貢献しよう!」と考える。

 

「こうして欲しい」

「こうなってほしい」、、

 

相手に対して、自分の思い通りになってほしい

といつだって思っている。

 

その通りになるかならないかは、

自分では決められない。

 

自分では決められないから、

確信が持てないから、

 

不安になったり心配になったりする。

 

「相手に何かしてあげられないかな」と考えてみる。

 

相手のために何かをしよう、と考えるだけ。

 

これなら自分で決められる。

 

何か役にたつことをしてあげよう、と考えるのは気分がいい。

 

「相手のために」は「自分の心のため」になっている。

 

今日は誰かに「貢献する」ことを考えてみよう。

 

今日もごきげんな一日を!!

 

「不安」を否定しない

【「不安」を否定しない】

  

大丈夫だとは思うけれど、、、

これでいいはずだけど、、、

きっとうまくいくと信じているけれど、、、

 

やっぱり本当に大丈夫だろうか、、、

 

自分の意識が「未来」のことに囚われてしまうと

自然と「不安」が生じやすくなります。

 

そうならないためにも

「今ここ」に自分の意識を保つことが大事です。

 

しかし、そうわかっていても「不安」がつきまとうこともあります。

 

ここで、もしかしたら勘違いしているかもしれないことがあります。

 

「不安」を感じることは悪いことなのでしょうか?

 

「不安」を感じてはいけないのでしょうか?

 

「不安」は存在してはいけないものなのでしょうか?

 

「不安」は悪いものでもなんでもありません。

 

「不安」も私たちが感じる自然な感情のひとつです。

 

「不安」を感じること自体は、悪くもなんともないと思います。

 

ただ、「不安」に心がとらわれて、

「今」の活動の質が落ちてしまうことが問題なんです。

 

いや、「問題」という言い方は変かもしれません。

 

「不安」にとらわれると

「今」の活動の質が落ちる

 

というだけのことです。

 

そのことがわかっていて、

それでも良いと自分で選択するのならそれでいいです。

 

「今」の活動の質を上げて、

なんらかの自分の望む成果を出したければ、

「不安」にとらわれたまま活動しない方がいいというだけです。

 

そもそも「不安」や「安心」は感じるものです。

 

人によって感じ方は違います。

 

外部の状況によって

「不安」や「安心」が生じているわけではないのです。

 

外部の状況は単なるきっかけであって、

「不安」も「安心」も自分の脳が作り出しているものです。

 

外部の状況が「不安」や「安心」の原因だと思っている限りは、

外部の状況に振り回されてしまいます。

 

自分がそう感じているだけのことだと理解しておくことは、

自分の感情を上手に扱う上でとても重要なことです。

 

感じていることに、正しいも間違いもありません。

 

ただそう感じているだけ。

その上で、では今は何をするべきかを常に考えればいいだけです。

 

自分の感情を素直に認めて、それを否定することなく受け入れる。

 

そうすることによって、

少し落ち着いて「何をするか」が考えられるようになります。

 

「不安」を感じている自分に気がついたら、

それをそのまま受け入れると考えてみるだけで、

「不安」に心がとらわれることが少なくなってくると思います。

 

とは言え「不安」をどう扱ったらいいか、気になります。

 

それについては、また明日。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。


では、また。

毎朝の思考習慣:今日のご機嫌宣言!「自分を信じる」

【今日のご機嫌宣言!】(2019.4.16

 

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「自分を信じる」。

 

「自分を信じる」と考える。

 

ただ単純に「自分を信じる」と考える。

 

理由も根拠もいらない。

ただ「自分を信じる」と考える。

 

自分の能力や才能を信じるのではない。

 

自分に何が出来るか、も関係ない。

 

何があっても、どうであろうとも、

 

今ここに自分はいる。

 

今ここに自分は存在している。

 

これこそ揺るぎようのない事実。

 

自分という存在を信じる!

 

まさに「自信」が満ちてくる。

 

今日もごきげんな一日を!!

 

「競争」について

【「競争」について】

 

生存競争などという言葉があるように

「競争」ということが当たり前のように言われます。

 

競争こそが自然の摂理であるように思えます。

 

しかし、本当に自然界は競争原理で動いているのだろうか。

 

「競争」という意識で自然界を見ると、

いかにも動物も植物も生き残るために競争しているように見えます。

 

でも、当事者である動物や植物は競争していると思っているんだろうか。

 

動物や植物は人間と同じように、

周囲と競争している感覚をもっているんだろうか。

 

「相手に勝つ=相手を負かそう」とは考えていないように私には思えます。

 

「今の環境の中で、自分の力を余すところなくすべて出し切りたい」

 

としか思っていないのではないだろうか。

 

「自分の力を出し切る」ことと

「相手に勝つ=相手を負かす」こととは違います。

 

自然に起きている現象を、

「競争」というフレームで、

人間が勝手に解釈しているだけのようにも思えます。

 

「競争」という考え方でいる限り、

常に「勝ちor負け」の考え方から離れられません。

 

「競争」という考え方で物事を捉える限り、

「勝ち」にしか意義が見つけにくくなる気がします。

 

「勝ち」にこだわる「あり方」は、

どうしても「相手を負かす」に繋がりやすいと思います。

 

「相手」は自分の「勝ち」を邪魔する「敵」でしかなくなります。

 

「勝ち」にこだわると

「相手の力を出させない」ことに意識が向いて、

「自分の力を出し切る」ことが疎かになってしまう気がします。

 

「自分の力を出し切る」ことにこだわると、

相手は「敵」ではなく、

自分の最高の力を引き出すための欠かせない存在になってきます。

 

相手のレベルが高ければ高いほど、

自分も高みを目指すことになります。

 

相手もレベルが高くなってくれなければ、困ります。

双方ともに高め合っていける関係性が築けます。

 

「競争」というフレームを意図的に外してみることにより、

周囲の方達との関係性や自分の活動の質が変わってきた気がします。

 

周囲と敵対する「競争」ではなく、

周囲と共鳴しあったりお互いを高め合い進んでいく。

 

そんな自分でありたいな、と思います。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。


では、また。