「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

今日のご機嫌宣言!:「笑ってみる!」

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「笑ってみる」。

 

 

「笑ってみる」と考える。

 

 

鏡を見たら、どんな顔が見える。

 

 

機嫌が良い顔?不機嫌そうな顔?

 

 

どっちがいいか、自分で決めよう。

 

 

私は機嫌が良い方がいい。

 

 

だから、笑顔。

 

 

声を出して笑わなくてもいい

ちょっと口角をあげてみる。

 

 

これだけでもいい感じになった。

 

 

笑顔を意識するだけでも、自分の気分は変わってくる。

自分の機嫌は自分で取れる。

 

 

今日はとにかく笑顔で過ごす。

そんな風に決めてみた。 

 

 

今日もごきげんな一日を!!

 

今日のご機嫌宣言!:「違って当然!」

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「違って当然!」。

 

 

「違って当然!」と考える。

 

 

人は一人一人違っている。

 

 

同じ人は一人もいない。

 

 

外見だけでなく、内面も一人一人違っている。

 

 

同じものを見ても、同じ受け取り方はしない。

 

 

一人一人違っている。違っているのが人間。

 

 

違っていて当たり前。

 

 

自分と違う考え方、意見、主張、、、

 

 

「間違っている」のではない。ただ「違っている」だけ。

 

 

そんな風に考えたら、落ち着いてくる気がする。

 

 

冷静に事実を見つめられる。

 

 

嫌な気分にならずに、目の前のことに対処できる。

 

 

そんな自分がイメージできる。

 

 

今日は違いのわかる男でいってみよう。

 

 

今日もごきげんな一日を!!

 

再開します!:できることをする!

しばらく更新していませんでしたが、、、

ブログを再開します。

 

このブログは習慣化をテーマに書いていました。

基本は「習慣」に関することですが、

あまりこだわらずに書いていこうと思っています。

 

なぜなら、、、

 

「書くこと」

 

を習慣化しようと思うからです。

 

では、再開1回目の内容は、、、、

 

【できることをする!】

より良い人生を送るために、良い習慣を身につけていこうと思っています。

 

特に「自分の心を整える」ことが、私の重要なテーマの一つです。

 

今日、改めて気がついたことがあります。

 

私は、どちらかというとあまり目立ちたくない方です。

(意外に思う方もいるかもしれませんが、、笑)

 

出しゃばるようなことはしたくありません。

 

そんな風なので、

自分ができることでも、自分以外の人ができることであれば

気がついていても、わざわざ出しゃばってやるようなことをしません。

 

自分しかできないことだと確信が持てれば、

堂々と前に出て行くのですが、

そうでない場合は、自分から出て行くことはしません。

 

それはそれでいいのかもしれませんが、、、

 

そんな時、自分はどんな感じでいるかというと

 

「そんなこと誰でもできるんだから、ささっと誰かやれよ」

 

なんて、感じてたりします。

 

自分の「心」は乱れてますね。

 

気がついた時、自分のできることをさっさとしてしまった方がいいですね。

 

片付けでもなんでも、気がついたときにした方が気分はスッキリします。

 

当たり前のことなんですが、今日、改めて実感しました。

 

店員さんが片付けるからいいや

あそこが空いているから、自分が譲らなくてもいいや

自分が調べなくても、もっと詳しい人がいるから任せればいいや

たくさんいるんだから、誰かがやってくれるはずだろう、、、

 

なんて、今までなら思うような状況で

 

自分で下げ口まで持って行った

四人席に自分が座っていたのを、さっと立って四人組に譲った

気になった時に、すぐにググって伝えた

とにかく自分から動いてみた

 

なんて、ことをしたら

 

「めっちゃ、スッキリ!!

 

ってな感じでした。

 

「自分しかできないことをやる」にこだわるのでなく

「自分にできることをすぐにやる」の方が充実を感じられそうです。

 

では、こんなことをするのに、ものすごく意識してやったのかというと

実は、かなり自然にできたのです。

 

実は、これは最近続けて習慣になってきたことの影響かと考えています。

 

何を習慣にしてきたかは、、、、また明日。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

では、また。

やらざるをえない状況を作る

何度も同じようなことを書きますが、、、

 

とにかく「新しいこと=身についていないこと」はやりづらい

 

です。

 

これをやるためには大きなエネルギーがいります。

 

動き出しに大きな力が必要になります。

 

ここでエネルギーを使い過ぎてしまうと、その後の継続していくところでエネルギーが切れてしまいます。燃料切れになって動けなくなります。

 

できるだけ最初にエネルギーを使わずに済むようにした方がいいです。

 

だから、簡単なことから始めるのが効果的だし、大変なことでも出来るだけ小さく分けて簡単にできる手順から取り掛かる方が最後までやり通すコツだったりします。

 

朝のジョギングを習慣にしようと思ったら、前の晩寝る前に次の朝に着るウェア一式を用意して枕元に置いておく、ということで続けやすいという話を聞いたことがあります。

朝着替えをするのなど大したことではありませんが、慣れないうちは、眠い目をこすりながら「さて、今日は何を着ようか」などと考えてタンスの中から着る物を探すということ自体が大きな負担になっています。

そう、面倒くさいのです。

この面倒なことを無意識に感じ取っていて、次第に億劫になってきて、今日くらいは休んでもいいかなんてしてしまった所から、もう続けられなくなってしまいます。

前の晩に着る物を用意しておくだけで、考えて探して決めるという行動に使うエネルギーを使わなくて済みます。動き出しに無駄なエネルギーを使わずに楽に続けやすくなります。

 

このように出来るだけ楽に動ける状態を作ることの他に、新しいことを続けるために有効な方法は「やらざるをえない状況を作る」ということがあります。

 

もうこれをやるしかないよね、という状況に自分を置いてしまいます。

 

と言っても、これも大変なことを一気にやらなければいけない用な状況では負荷が大きすぎて、いずれ続けられなくなるリスクも大きいです。

これも、できれば簡単にできることで、もう今やってしまおうと楽に思えるレベル感のものが効果的だと私は感じています。

 

私自身のことではないですが、以前に仕事で関わった方がこの方法を取り入れてうまく自分の習慣を作られました。

 

ため込んでいる資料を、きちんと整理したいし、また、溜め込まずにすぐに整理しておけるようにしたいと考えているその方がとった方法とは、、、

 

前の日に、資料のファイルを机の上(ど真ん中!)に置いて帰る

 

ということでした。

 

次の日に出社して仕事を始めるためには、そのファイルをどかさなければいけません。

その時に、一番上の資料だけ目を通して保存するか処分するか決めてその場で実行する、ということをその方は決めました。

 

整理しようと思うと気が重くなり、手がつかなかった山のように溜まっていた資料が、嘘のように楽に整理できたそうです。

 

こんなちょっとした工夫をしてみることで、新しい習慣は身につけやすいです。

 

その工夫を考えるのも楽しいものです。

 

新しいことを身につけるために、どんな工夫をしてみますか?

 

では、また。

自分が悪いんじゃないんですね、、、

昨日も書きましたが(2)はなくて、別の話題です。

何のことかわからない方は、昨日の記事の最初の方を読んでください(笑)

 

さて、私はお客さまと活動を始める前に、私の考え方やどのようなスタンスで活動に当たるかということを説明させていただいています。

 

その中でどんな「人」や「組織」にでも共通する特性がある、ということをお伝えします。

「特性」というより「原理原則」と言った方がいいかもしれません。

 

この特性=原理原則に背いていると、折角いい取り組みをしていてもその効果が得られませんし、場合によってはもっと悪い状態になってしまいます。

多少対応の仕方が適切でなかったとしても、特性=原理原則に則っていれば、うまくいったりします。

 

その特性=原理原則として、皆さんと共有することの一つが

 

「人」も「組織」も変化を拒む

 

というものがあります。

 

頭ではわかっていても、理屈では納得したはずでも、なぜか変わろうとしない。

一時的に変えてはみたが、長続きしない。

結局、以前と変わらぬことを繰り返している。

 

現実にはそんなことが往々にしてあります。

 

それがなぜかは、このブログを読んでいただいている方はもうお判りのことでしょう。

 

そう、、、「習慣」です。

 

変えたほうがいいとわかっていても、変えたいと思っていても、身についた「習慣」は簡単には変えられません。

そのことがわかっているかどうかは、実は変化を起こしていく上でとても重要です。

 

「性格」や「能力」の問題ではなく「習慣化」された行動かどうかなだけなのです。

 

「性格」や「能力」というと本人の生まれつきのもので、これがダメなものだとすると、その本人自体がダメな人間ということになってしまいます。

 

だけれど、そうではないのです。

 

本人は何も悪くないのです。たまたま身についている「習慣」が今の状況にふさわしくないものなだけです。

 

あえて言えば、「習慣」が悪いのであって「自分自身」は何も悪くないのです。

これも正確ではないですね。

「習慣」が悪いのではなく、今の状況にふさわしくないことが「習慣」になってしまっていただけですね。

 

自分にダメ出しする必要はないんです。

自分を卑下する必要はないんです。

自分を否定する必要もないんです。

 

こんなことを皆で共有してもらいます。

 

すると、「ほっとした」ような表情に変わる方が必ずと言っていいほどいらっしゃいます。

 

そんな方の中でこう言ってくれた方がいます。

「自分が悪いんじゃないんですね、、、そう考えると、ちょっと気持ちが楽になります。新しいことにも取り組んでみようという気持ちになります。なんだか動き易い感じになります、、、」

 

そんなことを聴くと、とても嬉しくなります。

 

そう、必要以上に自分で自分を動きづらくすることはないんです。

今までがどうであろうと、これから向かっていきたい方向に1歩踏み出せればそれでいいのだと私は思っています。

その1歩をできるだけ楽に簡単にすばやく出し続けられればいいじゃないですか。

 

だから、無理に苦しまずに楽に行きましょう^ ^

そんな状態に自分を持っていきましょう^ ^

 

そんなあなたを応援しています。

 

では、また。

 

身につけたい習慣(1)

今日のタイトルに(1)としましたが、(2)をすぐに続ける予定はありません。

続きものではなく、読み切りだと思ってください(笑)

 

さて、今の自分が完璧でこれ以上何も望まない、、という方以外は、何かしら自分の習慣で変えたいと思うものがあるでしょう。

私も変えたいと思っているものがかなり沢山あります。

 

そんな中で、私が一つだけ変えるものとして真っ先に選ぶとしたら、

 

「新しいことに躊躇なく取り組める」

 

ことを自分の習慣にしたいと考えています。

 

これは「習慣」というより「性格」と捉えられるかもしれませんね。

 

確かに「性格」かもしれません。

 

しかし「性格」という目に見えないあやふやなものでなく、「新しいことに躊躇なく取り組む」という「行動」として捉えると、明確ではっきりしたものになります。

 

そもそも「性格」とか「キャラクター(キャラ)」などという言葉でごまかしてしまいがちですが、それらはすべて何らかの「行動」として現れているものです。

 

例えば、「おとなしい」という「性格」は、「静かに話す」「ものを丁寧に扱う」「自分から先に動かない」などの「行動」として現れているでしょうし、反対に「乱暴」な「性格」なら、「大声で話す」「雑に扱う」「人目を気にせず動く」などの「行動」として現れています。

 

こうした「行動」をいちいち考えことなく、無意識に、いつも同じようにしているわけです。

 

これはまさに「習慣化された行動」に他なりません。

 

「性格」「キャラ」なんて言ってしまうと、変えようがないように感じてしまいがちですが、「習慣」なら変えることが可能です。

 

ということは、自分で決めさえすれば「どんな自分にだってなれる」のかもしれません。

 

ちょっと話が逸れてしまいましたが、とにかく「性格」などを言い訳にして自分を変えることを諦める必要はないと私は考えています。

 

さて、私はもっともっと「成長」したいと思っています。

また、もっともっと人のお役に立てる自分になりたい、とも思っています。

 

常に成長を続け、周囲に貢献できる自分になろう!と決めています。

 

そのためには、今できないこと、やったことがないことであったとしても、果敢に取り組める自分でいたいです。

 

だからこそ、「新しいことに躊躇なく取り組む」という行動を自分の「習慣」にしたいのです。

 

「新しいことに躊躇なく取り組む」自分の姿を想像すると、私は「ワクワク」します。いつまでも活力にあふれ、活き活きと充実した人生が送れるような気がします。

そんな自分に憧れます。

 

あなたにとって「身につけたいことNo1」は、どんなことですか?

 

では、また。

 

「やらない」と決めておく

今日は東京から京都経由で滋賀県の瀬田というところまで移動しました。

危うく新幹線を京都に降りるのを忘れるところでした。

東京から新幹線の移動では新大阪まで行くことがほとんどなので「まもなく京都に到着します」のアナウンスが聞こえて「ああ、京都に着くな」と理解しているのに、そのままいつものようにしばらく座ったままでした。

駅について、駅のアナウンス「京都〜、京都」と聞こえてから「あ!」と慌てて荷物を持って飛び降りました。

改めて「習慣」の恐ろしさを感じました。

 

 

さて、ブログの更新をしばらくお休みしていました。

 

このブログを書くこと自体、私にとっての新しい習慣を身につける一つの取り組みです。

 

それなのに、始めてひと月も経たないうちに、もう途絶えてしまったのか、、、

 

そんな風に感じられますか?

 

以前はそんな風に感じる私でした。

 

「ああ、決めたことがまた続けられなかった」

「やればできたはずなのに、結局、またやらずに終わってしまった」

「やっぱり、自分には続けるなんて無理なのかな、、、」

 

こんなことをおそらく感じていたでしょう。

こんなことをスラスラ書けているということは、今もやっぱり同じなのかもしれません^ ^:

 

でも、今回は以前ほどそういう感じ方をしていません。

 

一体、前と何が違うのか?

 

それは、、

 

最初から「書かない」と決めていた

 

ということです。

 

この1週間ほどは通常とは違う動きになることがわかっていました。

ここひと月ほどの活動パターンとはどうしても違ってしまう予定でした。

 

ですので、この時期は「ブログの更新」と「メルマガの夜の配信」は行わない、と決めていました。

 

だから、自分で決めたことが「できなかった」のではなく、自分で決めたことをやっていたことになります。

 

最初から「完璧」を目指して、少々の無理をしてでも「頑張る」のではなく、

最初から「無理」せず、できる範囲でやっていく

ことを意識しています。

 

やろうと思ってもできない時もある。

だから、最初から完璧な計画をしたり、それに沿った完璧な行動を続けることを放棄していました。

 

だから、途中で休むことを最初から受け入れられます。

この方が

頑張ったけどできなかった、ではなく

できることを続けている、と感じられます。

 

今回こうしてまた書き始めた時に、変な気負いも罪悪感もなく、また前と同じように続けている、という感じ方をしています。
(まだ、いつものように、、まではないかな、、)

 

完璧を目指すことを否定はしませんが、それを強く意識しすぎると「今」の行動が重たくなりすぎます。

「やらない」というスペース(退避場所、休憩所みたいなもの、かな)を最初から作っておくのも続けるコツだと感じています。

 

では、また。