「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

平均以上!?

あなたは平均より車の運転が上手い方ですか?

 

日常的に車を運転する人に訊いた結果、

なんと70%の人が「自分は平均以上だ」と答える

 

そんな調査結果があるそうです。

 

平均より70%の人が上にいるということはあり得ません。

 

この結果からわかることの一つは、

 

多くの人が、自分は平均以上だと勘違いしている

 

ということです。

 

これは車の運転に限ったことでないようです。

 

人は自分のことを過大評価する傾向があるのかもしれません。

 

米国である研究が行われたそうです。

 

その研究では、様々な調査を通して

どのような人が正しく自己評価できるのか、

どのような人が自己評価を誤る傾向があるか

を明らかにしようとしました。

 

たとえばジョークを楽しむ能力について調査が行われました。

 

ユーモアを理解するにはは洗練された知識と機知が必要です。

65名の大学生を対象に、30個のジョークを読ませ、どれほど面白かったかを評価してもらいます。

この点数でユーモアの理解度がわかります。

 

これと同時に

「あなたのユーモアの理解度は同年代の中でどのくらいに位置していると思いますか」

と訊いたところ

 

成績下位25%以内の人は、平均して「上位40%程度にいる」と自分を過大評価したのです。

 

つまり、ユーモア理解度の順位の低い人ほど自己評価の高い傾向があることがわかりました。

 

一方、成績上位25%以内の人は「上位30%程度にいる」と評価していたそうです。

 

実際の能力の個人差は、人々がイメージする差よりも、はるかに大きいということになります。

この現象はユーモアだけでなく、論理的思考力や一般学力試験にまで、普遍的に見られると言われています。

 

これらの調査研究から現在では次のようなことが結論づけられています。

 

1.能力の低い人は自分のレベルを正しく評価できない。

 

2.能力の低い人は他人のスキルも正しく評価できない。

 

3.だから、能力の低い人は自分を過大評価する。

 

言われてみれば当然のことのように感じます。

 

しかし、気をつけてください。

 

ああ、いるいるそういう人!

あの人は自分のことを勘違いしてるよね

 

なんて、思ったとしたら要注意。

 

え、何が?

 

「もしかした自分がそうかもしれない」

 

この可能性に全く気づいていないとしたら、

自分自身が上記の三つの条件に該当しているかもしれません。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

 

では、また。

 

毎朝の思考習慣:今日のご機嫌宣言!「さらけ出す」

【今日のご機嫌宣言!】(2018.7.18

 

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「さらけ出す」。

 

「さらけ出す」と考える。

 

格好つけない。

隠さない。

素のままの自分。

 

周囲にどう思われるかが気になっている。

 

恥ずかしい、不安、怖い、、、

 

そんな気持ちを感じる。

 

その感じている気持ちもそのままさらけ出す、と考える。

 

今この瞬間は今以上にはなれない。

 

ありのままでいい。

 

今の自分は、

今の自分以上でも以下でもない。

 

そのままでいこう。

 

今の自分を受け入れよう。

 

格好つけずにいってみよう。

 

今日もごきげんな1日を!!

自分の機嫌は自分でとる!

メルマガやブログで毎朝「今日のご機嫌宣言!」というのをずっと続けています。

 

コンセプト(なんて大したもんではないけど(笑))は

 

自分の機嫌は自分でとる!

 

です。

 

これは私がスポーツドクター辻秀一先生のワークショップで学んだ

一番大事なことと言っても過言ではありません。

 

そんなワークショップのつながりから大親友になった

元プロボクサーの男がいます。

 

プロボクサーを引退後、彼は色々な経験を経て、

今は自分でパーソナルトレーニングのジムをやりながら、

積極的にいろんな活動をしています。

 

今日はそんな清水康俊さんを紹介します。

 

あれこれ語るより彼の書いているものを見ていただこうと思って

彼のある日のメルマガを転載させてもらいます。

 

ここより

 

「幸せにしたい!」って願うのは素敵だけど、

誰よりも「幸せ」になることを願っているのは本人で

 

心配しなくても本人は幸せになっていくから、

今向き合っている課題も幸せになっていくためだろうから

気楽にやろうよ

 

って思っている清水です。

 

先日、自分の機嫌を自分でとることをまるで放棄しているかのような人に

出会った。

 

こういう時、すぐに“善い人”になろうとする自分が

「なんとか、少しでも機嫌よくさせたい!」と思いがちになるのだが

 

機嫌悪くいることを選んでいるのは、その人自身だ。

 

もしも、その人が救いの手を必要としているのであれば

いつでも手を貸したいと思うし、手を貸せる自分でありたい思っている。

 

だけど、他人のご機嫌取りはしない。

 

ご機嫌取りは、まるで子供が泣いたら飴をあげて、

怒ったら遊んであげるように

 

ただの甘やかのようなものだ。

得るものは、怠け心ばかりだ。

 

あまりに不機嫌な態度でいるので、

自分も色んな瞬間、イラっとしたり、「なぜだろう?」とか

色々考え始めようとするのだが、

 

とにかくその時するべきことを

質高くやる事に全力を尽くした。

 

時に人は、辛そうな姿や落ち込んでいることを他人に見せることで

同情を得たり、優しくされたりすることもあるだろう。

 

ぼくも、その同情や優しさに何度も救われたこともある。

 

だけど、それがクセになっては、どうだろう。

ハッキリ言って、まわりとしては、迷惑だ。

困っていることがあるなら、はっきり言えばいい。

 

自分の機嫌を自分で取ることを放棄している人は

泣いたらお乳をもらってる赤ん坊と同然だ。

 

赤ちゃんは良いよ。可愛いし。

それがおじさんなら、そろそろ乳離れしようよ(笑)

 

自分ばかりに不幸なことが起こっていると思っているのかもしれない。

自分の頭の上の天気だけが大雨のように思っているのかもしれない。

気持ちはわかる。

 

だけど、いつまでも自分の機嫌を取ることを放棄していては

世界は変わらないよね。

 

「手を貸して欲しい」と求められた時に

いつでも手を貸せるように

自分の心と身体を鍛え、調え、磨き続けましょう!

 

ここまで

 

大親友と書きましたが、実は年齢は倍ほど違います。

もちろん私が上です。

 

等身大の飾らない自分を表現する彼からいつも刺激、気づきをもらっています。

 

そんな彼の言葉が毎日届きます。

 

https://mail.os7.biz/add/W4qG

 

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もちろん無料です^ ^

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

 

では、また。

 

毎朝の思考習慣:今日のご機嫌宣言!「支えてあげよう」

【今日のご機嫌宣言!】(2018.8.17

 

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「支えてあげよう」。

 

「支えてあげよう」と考える。

 

みんなそれぞれ頑張っている。

 

成果をだそうと頑張っている。

 

そんな誰かを支えてあげよう。

 

大袈裟なことでなくていい。

 

少しだけでも気にかけてあげよう。

 

少しだけ何かできないか考えてあげよう。

 

自分一人では何もできない。

 

自分もいつも誰かに支えられている。

 

自分も誰かを支えてあげよう。

 

競い合う、より、助け合おう。

 

そんな自分もいい感じ。

 

今日もごきげんな一日を!!

 

 

その「なんで?」はなんのため?

「なんで(あの人は)あんなことするんだろう?」

「なんで(あの人は)あんなこと言うんだろう?」

 

こんな風に思う時があります。

 

さて、この「なんで?」は何を求めているのでしょう?

 

直接的には相手の言動の原因を考えているわけですが、

それは一体なんのためなんでしょうか?

 

それを知るのはなんのためでしょうか?

何を求めているのでしょうか?

 

こんなことを言いながら、相手のことを

 

「わからない」

 

と言ったりします。

 

だから、「なんで?」と考えているようです。

 

これは、相手のことをわかろうとしているように思えます。

 

そのような場合もありますが、実は、こうした「なんで」を使っている時

少なからず、相手にイラだったりしている場合が多いです。

相手を責めるような気持ちでいることも少なくありません。

 

よく考えてみると、

こんな「なんで?」を言っている(思っている)時は、

実は、こんな風に思っています。

 

「なんで、こちらの思うようなことをしてくれないんだ」

「なんで、こちらの思いがわからないんだ」

 

相手を責めるような気持ちで考えていますので、

 

この「なんで?」はそもそも相手の悪いところを見つけよう

 

としています。

 

相手の悪いところ、ダメなところを見つけて、

 

「ほら、そんなんだからダメなんだよ」

 

という結論を求めています。

 

そして「こちらが正しい」と言うことで納得したいと感じています。

 

「こちらの正しさがわからない相手が悪い」

 

こんなことを自分で確認したい気持ちになっているようです。

 

結局、私は

 

相手に自分のことを「わからせよう!」

 

と言う姿勢で相手と接しています。

 

こんな姿勢でいる私は、決して相手といい関係になることはできません。

 

表面的な「言葉使い」「考え方」ではなく、

もう少し深いところで自分を見直す必要がありそうです。

 

相手に自分を「わからせよう!」ではなく

 

相手のことを「わかってあげよう」という姿勢。

 

相手のことを理解しようという姿勢。

 

相手との関係を考える際、まずは、

 

自分がどのような姿勢で相手と接しているのか

 

常にそのことを振り返ろう

 

そんなことを思っています。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

 

では、また。

 

毎朝の思考習慣:今日のご機嫌宣言!「喜んでもらおう」

【今日のご機嫌宣言!】(2018.8.16

 

自分の機嫌は自分でとる!!

今日は「喜んでもらおう」。

 

「喜んでもらおう」と考える。

 

目の前の人に喜んでもらおう。

 

何をしたら喜んでくれるかな。

 

相手のことを真剣に思ってあげよう。

 

何か自分にできることないだろうか。

 

相手の喜ぶ顔を思い浮かべよう。

 

ああ、こんないい笑顔になってもらいたいな。

 

何をしてあげられるだろう。

 

相手のことを本気で考えていると、自分の機嫌が良くなってくる。

 

その上、もし相手が喜んでくれたら、自分もますます嬉しくなってくる。

 

今日は誰かに喜んでもらうことを一生懸命考えよう。

 

今日もごきげんな一日を!!

 

気をつけなさい、、、

さて、今朝出かける時のことです。

 

腰を痛めているため靴下をはくのもきついので

昨日から外出時はサンダルにしています。

 

今日は千葉の実家から福岡の自宅に戻るため、

朝早めに実家を出ることにしていました。

 

荷物も準備して、忘れ物も確認し、さあ行こう!と

玄関を出がけた時のことです。

 

サンダルに気がついた母親が私に声をかけました。

 

「腰痛めてるんだから、つまづかないように気をつけなさい」

 

「ああ、ありがとう。じゃあ、またね」

 

その時は、ほとんど気にもせず、そんなやりとりをして出かけました。

 

団地の6階からエレベーターで降りて、普通に敷地内を歩きだしました。

 

その瞬間!つまづいたんです!

 

昨日までそのサンダルを履いて、何度も出かけていますが

一度もつまづいたことはありませんでした。

 

つまづいた場所も特に気づかずに出っ張っているとか、何かが置かれていた訳でもありません。

 

昨日までは何もなく通っていた場所です。

 

それなのに、つまづいたのです。

 

もちろん、腰を痛めて私の足がちゃんと上がっていなかったりもするでしょう。

 

でも、痛めていた一昨日も昨日もそこは普通に通っています。

 

人の活動は無意識に支配されていると言われています。

 

昨日までは私の意識に「サンダルでつまづく」は全くありませんでした。

 

でも、今日は出がけの母の一言で

 

私の中に、一瞬かもしれませんが

 

「サンダルでつまづくイメージ」

 

が生じています。

 

ほんの一瞬で特に気にかけたわけでもありません。

 

でも、そのイメージは瞬時に無意識領域にしまいこまれます。

 

昨日までは存在しなかった「サンダルでつまづく」というイメージが明らかに私の中に存在しています。

 

このイメージ通りに、私はサンダルでつまづきました。

 

「気をつける」

 

何か避けたいものや起きて欲しくないことに対して

 

「~に気をつけて」

 

と使いますが、

 

「気を付ける」=「意識をそれに向けてしまう」

 

と、そちらに向かってしまいます。

 

スポーツなどでも「ミスするな」というと「ミスする」ことが良くあります。

 

本当はそんなつもりがなくても、良かれと思ってかけた言葉が

相手を逆の方向に導いてしまうかもしれません。

 

そんなことを改めて感じた今日の出来事でした。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

 

では、また。