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「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

やらざるをえない状況を作る

何度も同じようなことを書きますが、、、

 

とにかく「新しいこと=身についていないこと」はやりづらい

 

です。

 

これをやるためには大きなエネルギーがいります。

 

動き出しに大きな力が必要になります。

 

ここでエネルギーを使い過ぎてしまうと、その後の継続していくところでエネルギーが切れてしまいます。燃料切れになって動けなくなります。

 

できるだけ最初にエネルギーを使わずに済むようにした方がいいです。

 

だから、簡単なことから始めるのが効果的だし、大変なことでも出来るだけ小さく分けて簡単にできる手順から取り掛かる方が最後までやり通すコツだったりします。

 

朝のジョギングを習慣にしようと思ったら、前の晩寝る前に次の朝に着るウェア一式を用意して枕元に置いておく、ということで続けやすいという話を聞いたことがあります。

朝着替えをするのなど大したことではありませんが、慣れないうちは、眠い目をこすりながら「さて、今日は何を着ようか」などと考えてタンスの中から着る物を探すということ自体が大きな負担になっています。

そう、面倒くさいのです。

この面倒なことを無意識に感じ取っていて、次第に億劫になってきて、今日くらいは休んでもいいかなんてしてしまった所から、もう続けられなくなってしまいます。

前の晩に着る物を用意しておくだけで、考えて探して決めるという行動に使うエネルギーを使わなくて済みます。動き出しに無駄なエネルギーを使わずに楽に続けやすくなります。

 

このように出来るだけ楽に動ける状態を作ることの他に、新しいことを続けるために有効な方法は「やらざるをえない状況を作る」ということがあります。

 

もうこれをやるしかないよね、という状況に自分を置いてしまいます。

 

と言っても、これも大変なことを一気にやらなければいけない用な状況では負荷が大きすぎて、いずれ続けられなくなるリスクも大きいです。

これも、できれば簡単にできることで、もう今やってしまおうと楽に思えるレベル感のものが効果的だと私は感じています。

 

私自身のことではないですが、以前に仕事で関わった方がこの方法を取り入れてうまく自分の習慣を作られました。

 

ため込んでいる資料を、きちんと整理したいし、また、溜め込まずにすぐに整理しておけるようにしたいと考えているその方がとった方法とは、、、

 

前の日に、資料のファイルを机の上(ど真ん中!)に置いて帰る

 

ということでした。

 

次の日に出社して仕事を始めるためには、そのファイルをどかさなければいけません。

その時に、一番上の資料だけ目を通して保存するか処分するか決めてその場で実行する、ということをその方は決めました。

 

整理しようと思うと気が重くなり、手がつかなかった山のように溜まっていた資料が、嘘のように楽に整理できたそうです。

 

こんなちょっとした工夫をしてみることで、新しい習慣は身につけやすいです。

 

その工夫を考えるのも楽しいものです。

 

新しいことを身につけるために、どんな工夫をしてみますか?

 

では、また。

自分が悪いんじゃないんですね、、、

昨日も書きましたが(2)はなくて、別の話題です。

何のことかわからない方は、昨日の記事の最初の方を読んでください(笑)

 

さて、私はお客さまと活動を始める前に、私の考え方やどのようなスタンスで活動に当たるかということを説明させていただいています。

 

その中でどんな「人」や「組織」にでも共通する特性がある、ということをお伝えします。

「特性」というより「原理原則」と言った方がいいかもしれません。

 

この特性=原理原則に背いていると、折角いい取り組みをしていてもその効果が得られませんし、場合によってはもっと悪い状態になってしまいます。

多少対応の仕方が適切でなかったとしても、特性=原理原則に則っていれば、うまくいったりします。

 

その特性=原理原則として、皆さんと共有することの一つが

 

「人」も「組織」も変化を拒む

 

というものがあります。

 

頭ではわかっていても、理屈では納得したはずでも、なぜか変わろうとしない。

一時的に変えてはみたが、長続きしない。

結局、以前と変わらぬことを繰り返している。

 

現実にはそんなことが往々にしてあります。

 

それがなぜかは、このブログを読んでいただいている方はもうお判りのことでしょう。

 

そう、、、「習慣」です。

 

変えたほうがいいとわかっていても、変えたいと思っていても、身についた「習慣」は簡単には変えられません。

そのことがわかっているかどうかは、実は変化を起こしていく上でとても重要です。

 

「性格」や「能力」の問題ではなく「習慣化」された行動かどうかなだけなのです。

 

「性格」や「能力」というと本人の生まれつきのもので、これがダメなものだとすると、その本人自体がダメな人間ということになってしまいます。

 

だけれど、そうではないのです。

 

本人は何も悪くないのです。たまたま身についている「習慣」が今の状況にふさわしくないものなだけです。

 

あえて言えば、「習慣」が悪いのであって「自分自身」は何も悪くないのです。

これも正確ではないですね。

「習慣」が悪いのではなく、今の状況にふさわしくないことが「習慣」になってしまっていただけですね。

 

自分にダメ出しする必要はないんです。

自分を卑下する必要はないんです。

自分を否定する必要もないんです。

 

こんなことを皆で共有してもらいます。

 

すると、「ほっとした」ような表情に変わる方が必ずと言っていいほどいらっしゃいます。

 

そんな方の中でこう言ってくれた方がいます。

「自分が悪いんじゃないんですね、、、そう考えると、ちょっと気持ちが楽になります。新しいことにも取り組んでみようという気持ちになります。なんだか動き易い感じになります、、、」

 

そんなことを聴くと、とても嬉しくなります。

 

そう、必要以上に自分で自分を動きづらくすることはないんです。

今までがどうであろうと、これから向かっていきたい方向に1歩踏み出せればそれでいいのだと私は思っています。

その1歩をできるだけ楽に簡単にすばやく出し続けられればいいじゃないですか。

 

だから、無理に苦しまずに楽に行きましょう^ ^

そんな状態に自分を持っていきましょう^ ^

 

そんなあなたを応援しています。

 

では、また。

 

身につけたい習慣(1)

今日のタイトルに(1)としましたが、(2)をすぐに続ける予定はありません。

続きものではなく、読み切りだと思ってください(笑)

 

さて、今の自分が完璧でこれ以上何も望まない、、という方以外は、何かしら自分の習慣で変えたいと思うものがあるでしょう。

私も変えたいと思っているものがかなり沢山あります。

 

そんな中で、私が一つだけ変えるものとして真っ先に選ぶとしたら、

 

「新しいことに躊躇なく取り組める」

 

ことを自分の習慣にしたいと考えています。

 

これは「習慣」というより「性格」と捉えられるかもしれませんね。

 

確かに「性格」かもしれません。

 

しかし「性格」という目に見えないあやふやなものでなく、「新しいことに躊躇なく取り組む」という「行動」として捉えると、明確ではっきりしたものになります。

 

そもそも「性格」とか「キャラクター(キャラ)」などという言葉でごまかしてしまいがちですが、それらはすべて何らかの「行動」として現れているものです。

 

例えば、「おとなしい」という「性格」は、「静かに話す」「ものを丁寧に扱う」「自分から先に動かない」などの「行動」として現れているでしょうし、反対に「乱暴」な「性格」なら、「大声で話す」「雑に扱う」「人目を気にせず動く」などの「行動」として現れています。

 

こうした「行動」をいちいち考えことなく、無意識に、いつも同じようにしているわけです。

 

これはまさに「習慣化された行動」に他なりません。

 

「性格」「キャラ」なんて言ってしまうと、変えようがないように感じてしまいがちですが、「習慣」なら変えることが可能です。

 

ということは、自分で決めさえすれば「どんな自分にだってなれる」のかもしれません。

 

ちょっと話が逸れてしまいましたが、とにかく「性格」などを言い訳にして自分を変えることを諦める必要はないと私は考えています。

 

さて、私はもっともっと「成長」したいと思っています。

また、もっともっと人のお役に立てる自分になりたい、とも思っています。

 

常に成長を続け、周囲に貢献できる自分になろう!と決めています。

 

そのためには、今できないこと、やったことがないことであったとしても、果敢に取り組める自分でいたいです。

 

だからこそ、「新しいことに躊躇なく取り組む」という行動を自分の「習慣」にしたいのです。

 

「新しいことに躊躇なく取り組む」自分の姿を想像すると、私は「ワクワク」します。いつまでも活力にあふれ、活き活きと充実した人生が送れるような気がします。

そんな自分に憧れます。

 

あなたにとって「身につけたいことNo1」は、どんなことですか?

 

では、また。

 

「やらない」と決めておく

今日は東京から京都経由で滋賀県の瀬田というところまで移動しました。

危うく新幹線を京都に降りるのを忘れるところでした。

東京から新幹線の移動では新大阪まで行くことがほとんどなので「まもなく京都に到着します」のアナウンスが聞こえて「ああ、京都に着くな」と理解しているのに、そのままいつものようにしばらく座ったままでした。

駅について、駅のアナウンス「京都〜、京都」と聞こえてから「あ!」と慌てて荷物を持って飛び降りました。

改めて「習慣」の恐ろしさを感じました。

 

 

さて、ブログの更新をしばらくお休みしていました。

 

このブログを書くこと自体、私にとっての新しい習慣を身につける一つの取り組みです。

 

それなのに、始めてひと月も経たないうちに、もう途絶えてしまったのか、、、

 

そんな風に感じられますか?

 

以前はそんな風に感じる私でした。

 

「ああ、決めたことがまた続けられなかった」

「やればできたはずなのに、結局、またやらずに終わってしまった」

「やっぱり、自分には続けるなんて無理なのかな、、、」

 

こんなことをおそらく感じていたでしょう。

こんなことをスラスラ書けているということは、今もやっぱり同じなのかもしれません^ ^:

 

でも、今回は以前ほどそういう感じ方をしていません。

 

一体、前と何が違うのか?

 

それは、、

 

最初から「書かない」と決めていた

 

ということです。

 

この1週間ほどは通常とは違う動きになることがわかっていました。

ここひと月ほどの活動パターンとはどうしても違ってしまう予定でした。

 

ですので、この時期は「ブログの更新」と「メルマガの夜の配信」は行わない、と決めていました。

 

だから、自分で決めたことが「できなかった」のではなく、自分で決めたことをやっていたことになります。

 

最初から「完璧」を目指して、少々の無理をしてでも「頑張る」のではなく、

最初から「無理」せず、できる範囲でやっていく

ことを意識しています。

 

やろうと思ってもできない時もある。

だから、最初から完璧な計画をしたり、それに沿った完璧な行動を続けることを放棄していました。

 

だから、途中で休むことを最初から受け入れられます。

この方が

頑張ったけどできなかった、ではなく

できることを続けている、と感じられます。

 

今回こうしてまた書き始めた時に、変な気負いも罪悪感もなく、また前と同じように続けている、という感じ方をしています。
(まだ、いつものように、、まではないかな、、)

 

完璧を目指すことを否定はしませんが、それを強く意識しすぎると「今」の行動が重たくなりすぎます。

「やらない」というスペース(退避場所、休憩所みたいなもの、かな)を最初から作っておくのも続けるコツだと感じています。

 

では、また。

「難しい」のではなくて、、、

今日は研修をしてました。

 

研修では、受講者の方に新しいことをお伝えすることも多々あります。

新しいやり方、新しい考え方、、、

 

そんな時に決まって出てくる言葉があります。それは、、、

 

「難しい」

 

です。

 

似たような感じで「大変」場合によっては「無理」なんて言葉も

 

「理屈はわかるけど、実際は”難しい”よね」

「ちょっと今の状況では”大変”だよ」

「どう考えても”無理”です」

 

そんな時に必ずお伝えします。

 

それは、本当に「難しい」のでしょうか?

本当に「大変・無理」なのでしょうか?

 

多くの場合、実はそうではありません。

 

では、どういうことかと言うと、、、

 

「慣れていない」

 

だけなことがほとんどです。

 

やり慣れていないことだから、

「難しい」し「大変」だし「無理」に思えるだけです。

 

私たちの「脳」は「可塑性」や「トレーナビリティ」があると言われています。

 

ちょっと難しい言葉ですが、

 

「可塑性」とは

新しいことに応じて最適な変化を起こし、それが当たり前の状態になっていく(元には戻らない)

 

「トレーナビリティ」とは

やればやるほど簡単になっていく

 

といった意味合いです。

 

つまり、

「やれば、できる」し

「やり続ければ、楽にできる」ようになる

ということです。

 

これは逆に言えば

「やらないと難しい」し

「やらないままなら、やりにくさは増していく」

ということです。

 

新しいことをやるというのは、脳の中では神経繊維の新しいつながりのパターンができるようなものです。

 

最初は、細いつながりです。

 

例えて言えば、最初は獣道みたいな道はあるけど、とても人が通れるようなところではない状況です。だから、通りにくいです。

でも、あえてそこを通ることで、次第に人が通る道として踏み固められていきます。

それを続けていると、人が通りやすい道になってきます。

すると、もっと人が通るようになってきます。

次第に道幅が広がり、さらに通行量が多くなります。

だんだんと幹線道路のようになっていき、整備され舗装されて、ますます交通量が多くなります。

もう、他の道を通るよりこちらを通る方がはるかに楽になります。

そして、他の道は廃れていき、新しい道がメインの道になります。

こうなったら、もうこの道を自然と皆が通るようになります。

 

これが、新しいことを身につけていく時の脳の中の状況です。

 

だから、最初は難しいと感じますし、実際難しいかもしれません。

でも、やればやるほど楽になってきます。

 

最初に感じる「難しい」で止まってしまっては、この状況にはたどり着きません。

 

「難しい」のではないのです。

「慣れていない」だけなのです。

誰でもやれば慣れていきます。

 

そのことを是非知っておいて欲しいです。

 

そのことまでわかった上で、「難しい」と感じて続けることをやめるなら、それでもいいです。

自分でそう決めているんですから。

 

でも、それをわからずに、能力や性格を言い訳にして続けないのは、ちょっともったいない気がします。

 

「慣れてない」だけ、だから「慣れる」までやってみよう、、かな。

 

これくらいに考えて取り組んだ方が、最初に行動しやすいと私は思います。

 

「慣れてないだけ」

 

うまくいかない時に、こう思うだけでも次の行動を容易にする効果があります。

 

「慣れてないだけ」

 

では、また。

「振り返る」という習慣

私が、いつも実践していることの一つに「振り返る」というのがあります。

 

これを意識して行うようになったのは、人の成長は

 

「知る」→「やる」→「振り返る」

 

のサイクルを回すことだ、と学んでからです。

 

新しいことを知ります。「気づき」などもそうですね。

それを身につけるためには実践しなければいけません。

 

新しいことを教わり、反復練習する。

 

ここまでは普通にやっていることが多いです。

 

もちろん、ただ単純に繰り返すことでも身につけていくことは可能です。

それをもっと効果的、効率的にするためには

「振り返る」

というステップを入れることが有効です。

 

「振り返る」ことで、また、何かに「気づく」ことがあったりします。

すると、これが次の「知る」になり、それを「やる」ことになります。

そして「振り返る」ことで、さらに何かに「気づき」それを「やる」、、、

 

こんな風に、このサイクルが回り始めると、成長が加速していきます。

 

振り返ることで、自分で何かに気づくことができます。

それがないと、外からのインプットがなければ次の「やる」が生まれません。

つまり、自分の成長を他のものに依存することになります。

自分で自分の成長を促していくためには「振り返る」が絶対的に必要です。

 

「振り返る」時のポイントがあります。

 

それは「振り返る」は「反省」とは違うということです。

 

「反省」は、自分の行動が良かったのか悪かったのかという評価をします。

そして「悪い」ものを改めようとします。

「できなかった」ことに駄目出しをして、次は頑張ろうとします。

 

これはこれでいいですが、意外と長続きしないことが良くあります。

少なくとも私はそうです。

どうも自分のダメなところを殊更に意識しても、うまくいかないように感じています。

 

「振り返る」は行動が良いか悪いかを評価しません。

事実として、何があったかだけを振り返ります。

そして、その事実だけでなく、その時に自分はどんなことを感じたか(感情、気持ち、気分)を振り返ります。

 

この「感情、気持ち、気分」を振り返ることが重要です。

 

「感情、気持ち、気分」に「良い」とか「悪い」はありません。

ただ、どんな感じだったかを振り返ります。

 

これをすることで、今まで気づかなかったことに気がつくことが多々あります。

 

私たちの感覚器官は、基本的に外側からの情報を取り入れるようにできています。

「視覚」「聴覚」「触覚」「味覚」等々

全て、自分の外側のものに対する感覚です。

 

しかし、感情は自分の内側に起こるものです。

私たちは外側で起きていることは鋭敏に感じられても、この内側で起きているものに少し鈍感になっているかもしれません。

人間の活動にはこの「感情」が大きな影響を与えています。

その「感情」に気づくことが、振り返ることで可能となります。

 

これに慣れてくると、瞬時に自分の感情に気づけることにもつながってきます。

 

「反省」ではなく、ただ「振り返ってみる」だけ。

良かったら試してみてください。

 

では、また。

仕組みを作る

新しい習慣を身につけようとすることは、今までの習慣を変えることです。

今まで無意識にやっていた何かをやめて新しい何かを続けることで、新しい習慣が身につきます。

 

「今まで無意識にやっていたこと」というのは、脳はほとんどエネルギーを使わずに済みます。

それをやめるということは「意思の力」を使います。これは脳にとってはエネルギーを消費することになります。

また「今までやり慣れていない何かをやる」ということも「意思の力」が必要です。これも脳にとってはエネルギーを消費します。

 

私たちの「脳」というのは、できればエネルギーの消費量を抑えようとする特徴があるようです。

本当に大事な時にしっかり活動できるように、普段のエネルギー消費はできるだけ少なくしています。

だから、普段の行動はほとんど脳にとってはエネルギーを消費することなくできるように、「習慣化」されています。

新しい習慣を身につけようとすることは、これに逆らうことになります。

だから「意思の力」を使うしかありません。

 

そう「意思の力」を使うにはエネルギーが必要なんです。

このエネルギーは、いつでも無限に出てくるわけではありません。

使いすぎると一時的に枯渇してしまいます。

 

「意志の力」は「筋力」とも似ています。

 

例えば、重たいバーベルを上げ続けていたり、腕立て伏せを連続でしていると、筋肉に疲労が溜まってきて腕が動かなくなってしまいます。

常に「意思の力」を使っていると、脳も疲れてしまいます。

我慢がきかなくなって「もういい!!」「いい加減にしてくれ!!」みたいになってしまいます。

 

バーベル上げや腕立てふせみたいな、明らかにわかる大きな負荷だけでなく、小さな気づかないくらいの負荷でもそれがずっと続いていると、同じ結果になります。

「コップ1杯」の水を片手で肩の高さに水平に持つことを想像してみてください。

実際にやってみてもいいですよ^ ^

 

別段難しいことではありません。簡単にできます。

 

そのまま1分持っていてください。

 

これもそんなにきつくないです。

 

では、そのまま10分。

できないことはなさそうです。

しかし、そのまま1時間、3時間、半日、1日、、、となったらどうでしょうか?

 

大きな負荷でないとしても、連続して負荷がかかる状態は、結局大きな負荷がかかって動けなくなるのと同じ結果になります。

 

「意志の力」も同じです。

大したことではないように見えても、常に「意識してやる」という状態はいずれ続けられなく可能性が高いです。

 

朝のジョギングを習慣にする際のコツの一つとして、

 

「夜寝る前に、明日の朝着るウェアを一式用意して枕元に置いておく」

 

ということを聞いたことがあります。

 

用意していないと、朝眠い目をこすりながら今日はどれ着ようかなんて考えながら用意することになります。

一見大したことではないですが、これだけでも知らず知らず負荷を貯めてしまいます。

前の晩に全て用意されていれば、そんなこと考えずにただ着替えるだけですみます。

 

これが続けるための「仕組み」の例です。

 

「仕組み」を作ることで、意思や気合いに頼らずに行動を続けられます。

 

簡単に物事ができるような仕組みを工夫することで、行動の継続率は高まります。

 

では、また。