「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

「自分で決めていいんだよ」と言いながら、、、

【「自分で決めていいんだよ」と言いながら、、、】

 

5年以上前に書いた記事です。

 

「強制じゃ無いよ。

 どうするかは自分で決めてもらっていいから。

 ただ、自分だったらこうするなと思うんだ」

 

私の場合、時々こんな言い方をすることがあります。

 

で、そのまましばらく相手を見ていると、、、

私が言ったようには動きません。

 

すると、、、

 

「何で、分からないかな、、、

 俺の言ったようにした方がいいのにな、、、

 言われた通りにしないからあいつはダメなんだよな、、」

 

というようなことを、私は考え出します。

 

助けてやろうと思って教えてあげたのに、、、

わざわざ自分が正しいことを教えてあげたのに、、、

折角教えてやったのに、、、

やらないあいつがダメなんだ

 

口に出すかどうかは別として、

こんな感じで相手の事を非難しています。

 

そして、自分自身も嫌な気分になっています。

 

そんな時、何で嫌な気分になっているか?と訊かれたら、

 

「あいつの所為で」

 

と私は答えるでしょう。

 

でも、本当に「あいつの所為」なのでしょうか?

 

私が相手に教えて上げた目的は何だったのでしょうか?

 

「相手を助けてあげる事」

 

多分、私はそう思っています。

 

本来の目的が「相手を助けてあげる」ことであったとすれば、

 

「相手が上手く行く事、成功すること」

 

を願っているはずですし、

 

「相手が最後までやり切れるよう手助けしよう」

 

と思うはずです。

 

もし、本当にそう思っているのなら

相手を「非難」する必要があるでしょうか?

 

もし、相手を「非難」していたとしたら、

私の目的は本当に「相手を助けてあげる」ことだったのでしょうか?

 

「相手を助けてあげよう」と思っているつもりでしたが、

私が本当に願っていたのは、、、

 

「自分が正しいと相手に認めさせる」

 

ことだったようです。

 

「自分が正しい」と相手に認めさせたいので、

自分の言う通りに動いていない相手にイライラしたり、

がっかりしたりしていたのです。

 

「相手のため」と思いながら、私が求めていたのは

 

「自分が正しい」

「自分は相手より優れている」

 

という自分の思いが認められることでした。

 

別の言い方をすれば自分の中にある

 

「自分は人より優れている」という「優越感」を満たしてもらう

 

ことを求めていました。

 

ここまで

 

5年以上前に書いたものですが、

今も同じようなことを繰り返すことがあります。

 

とは言え、こんな風になることが少なくなっている気もします。

 

少しかもしれないけど、自分も成長しているかな、、、

 

ふとそんなことを考えた今日でした。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

  

では、また。