「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

基準を変えてみる

【基準を変えてみる】
 
さて、質問です。
 
もし、あなたが財布を落としてしまい
帰りの電車賃もないような時に
「1000円」拾ったとしたら
どう感じますか?
 
交番に届けないと!と思う方もいるでしょう。
 
でも、
 
「助かった!これで帰れる」
「ついてるな」
「よかった!」
 
なんて感じる方もいると思います。
 
では、この道で1000円拾ったのが
「宝くじの1等前後賞が当たって、当選金をもらった後」
だったとしたら、
どのように感じるでしょうか?
 
先ほどの時と同じような感じ方をするでしょうか。
 
おそらく、多くの人は先ほど感じたほど
この1000円のありがたみを感じないのではないと思います。
 
1000円という金額は一緒です。
この1000円を使って出来ることも変わりません。
 
しかし、感じ方は違ってきます。
 
これは、物事や出来事の意味は、
その物事や出来事に固有なものではなく
自分がどんな意味を見出す(感じる)かだということです。
 
ちょっと、堅い言い方になりました。
 
同じ1000円でも
「一文無し」の時と「大金持ち」の時では
感じる価値が違っているということは、
 
1000円そのものの問題ではなく、
受け手側の自分の捉え方の違いだ、ということです。
 
これは、自分の中の判断基準が違っているということです。
 
出来事の良し悪しは、出来事そのものでなく
あくまでも自分の中の基準が決めています。
 
「最近の楽しかった(嬉しかった)ことを話してください」
 
これは、よく研修などの最初に皆さんにやってもらうことです。
 
最近と言っても1ヶ月も前のことではないですよ。
昨日から今日にかけて、楽しかった(嬉しかった)ことを話してください。
 
こういうと、多くの人が
 
「えーっ、そんな最近楽しいことなんかないよ」
 
という反応になります。
 
でも、本当にそうでしょうか。
 
宝くじに当たるような普段にはない特別なことが嬉しいこと、
なんて基準だったら確かにないかもしれません。
 
でも、基準を変えてみたら、、、
 
例えば、
今朝も目が覚めてよかった
朝ごはんが食べられて嬉しい
 
なんて基準で考えたら、十分嬉しいことはあります。
 
嬉しい出来事がないのではありません。
自分の基準に見合ったことがなかっただけのことです。
 
だから、基準を変えれば見つかります。
 
この「基準」を変えてみる
 
ということで、自分の感じ方が変わります。
 
「心を整える」という観点から言うと
 
良いことの基準は低く、嫌なことの基準は高く
 
しておいた方が、心が乱れにくくなります。
 
些細なことでも楽しくいられ、
細かいことで気分を悪くしない
 
そんな自分も自分で作り出せます。
 
今日もここまでお読みいただきありがとうございます。
  
では、また。