「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

自信をなくした人たちは、、、

「・・・自信をなくした人たちは・・・

 ・・・自分の自信を満たすために・・・

 お金で自信を買うようになったり(身を飾るようになったり)

 自慢するようになったり

 人を見下すようになったり

 (他の人が頑張ったら困るから)努力を邪魔するようになったり・・・」

 

私の大好きな植松努さんが講演の中で話をしていました。

 

人は生きて行く上で「自信」が必要です。

 

本来、私たちは自信を持っていたはずです。

最初から自信の無い人はおそらく一人もいないです。

 

自信の無い赤ん坊なんて見たことありません。

 

小さい頃は誰でも自信があったはずです。

 

いわゆる「根拠のない自信」でしょうが、

自信に満ち溢れていたと思います。

 

本来「自信」なんて「根拠のない自信」ではないでしょうか。

 

それが、大きくなるに従ってだんだんと「自信」に根拠が必要になってきます。

 

周囲の大人からそんな風に教え込まれてしまいます。

 

そして、本来あった「自信」を失くしていってしまいます。

 

そんな「自信を失った人たち」がどうするのか?

それを冒頭の言葉は語っています。

 

誰かと比べて、自分の方が優っていると感じることで

自分の自信を満たそうとします。

 

「優越感」を「自信」の代用品にしています。

 

「優越感」は常に「劣等感」とセットです。

 

自分の方が上だと思える場合は自信を感じますが、

自分より上だと思う相手の前では自信が持てません。

 

「自信」とは「自分を信じる」ことだと言われたりしますが、

「自ら信じる」とも言えます。

 

相手と比べることで、自分を評価する態度は

相手の尺度で判断していることでしかありません。

「相手を信じている」といってもいいです。

 

自分の基準ではなく、自分以外の基準でしか判断できなくなっています。

 

相対的なものでなく、絶対的なものが本当の「自信」です。

 

「頭で考えている」だけだと「自信」を感じられなくなってきます。

「頭」の中で考えていることは、言って見ればバーチャルな仮想の世界です。

 

人にとって絶対的なものは「身体で感じる」ことです。

「身体」はリアルです。

 

理屈や理論が先にあるのではなく、

実際の活動が先にありそれを後から解説するのが理論や理屈です。

 

「身体で感じる」ことを大事にすることはリアルな感覚を大事にすることです。

リアルなものは、否定できません。

 

自分の中に否定できないものがあるということを感じられると

理由も根拠もなく信じられるものがあるのだ

ということを感覚的に理解できるようになってきます。

 

これも「理解できる」というより「肚に落ちる」という感覚です。

 

「周囲と比べる」のではなく「自分の感覚を大事にしてみる」こと

 

こんなことから自然と失われた「自信」が少しずつ取り戻せるかもしれません。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

  

では、また。