「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

「期待」なのか「応援」なのか

【「期待」なのか「応援」なのか】

 

「応援」しているはずなのに、、、

 

だんだんイライラしてくる、、、

つい大声で怒鳴ってしまう、、、

そのうち怒り出してしまう、、、

 

なんて経験ある方もいるのではないでしょうか。

 

この二日間、中学生のバスケットの大会の応援に行ってきました。

 

すると、、、そこかしこに応援席で怒鳴っている人がいます。

 

一生懸命に応援しているはずなのに、

ものすごく自分の心を乱してしまい、

自分だけでなく周囲にその心の乱れを振りまいています。

 

こんなこと書いている私もかつてはそうでした。

 

当時の私は知らなかったのです。

 

「期待」と「応援」の本当の意味を、、、

 

「期待」とは「自分の思いが叶えられることを望んでいる」状態。

 

「応援」とは「相手の思いが実現できるように支えている」状態。

 

「期待」は「自分の思いを相手に押し付けている」。

「応援」は「相手の思いを大事に尊重している」。

 

「期待」は自分が主、「応援」は相手が主。

 

「期待」は自分は動かずに、相手が動くことを望んでいる

「応援」は自分が動いて、相手の力になろうとする。

 

「期待」は自分で行動しないから、結果に一喜一憂する。

「応援」は自分で行動しているから、結果に合わせて次の行動に繋げていける。

 

「期待」は結果が出ないと「がっかり」する。

「応援」は結果が出なくても「次も頑張れ!」となる。

 

「期待」は、

期待通りにいかないことにとらわれて

自分の心を乱しだす(「怒り」を感じる)。

 

「応援」は、

とらわれることなく事実を受け止めて

自分の心を乱すことなく対応できる。

 

無意識の「期待」に気づかずにいると、

その「期待」にとらわれたままだと、

自分の心を乱し、相手の心まで乱してしまう。

 

明確に自分で「応援」すると決めることで、

自分の心を整えて(調えて)、

相手の心も乱さずに、

周囲に良い影響を与えられる。

 

そのことを知った上で、どちらを選ぶのも自分の自由。

 

「期待」にとらわれたままでいるか、

「応援」を選択し続けるか、

 

私は「応援」する自分であり続けようと決めました。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。

  

では、また。