「習慣化」でうまくいく〜二つの「トトノエル」の実践

何事でもうまくいくための「習慣」を身につけるために、私が日々実践していることを中心にお伝えします。

一人できちんとするよりも~「自立」を超えて

【一人できちんとするよりも~「自立」を超えて】

 

私たちが受けてきた教育は

 

「一人できちんとできるようになりなさい」

 

というものでした。

 

きちんと自立していける人になるように

色々なことを教わってきました。

 

「自立」は大事なことではありますが、

 

「自立」していなければいけない、という感じ方は

 

「一人で全てできなければいけない」

 

という思いといつの間にかすり替わっているように私には思えます。

 

何かを「一人でできないこと」は、劣っていて、ダメなこと。

 

そんな風にいつのまにか刷り込まれているような感じです。

 

だから、他人に助けを求められません。

 

そこまで無理しなくていいのに、必要以上に頑張ります。

 

また、早々と自分はできないダメな奴だと思い込んで

最後まで取り組まず、すぐに諦めてしまいます。

 

それだけではなく、周囲の人間も困っている人を助けようとしません。

 

テストの時に、答えを教えてあげたらダメですよね。

 

それと同じように、何かができないことに気づいても

助けてあげるのをためらうようになります。

 

「自立」していることだけが前提になっていると、

それぞれの問題はそれぞれが解決するもので

他人はそれを手伝おうとしなくなります。

 

これは個人のことだけではなく、組織や社会の中でも同じです。

 

何かの問題に対し、基本は個々で解決しなければいけないように感じています。

 

今、私たちが直面している問題は、

自分だけでは解決できないようなものが多くあります。

 

昨今、取り上げられている「働き方改革」のようなものでも

法律で一律に何らかの時間的な規制がはめられても

「どう考えても今のままではそれは無理だ」

と思えるようなことが多々あります。

 

しかし、その根底にあるのは

 

「お客様からの過度な要求」であり、

「それを自分たちだけでしなければいけない」という思い込み

 

だったりします。

 

因みに

「お客様は神様」なんて言葉がありますが、

本当に「神様」なんでしょうか?

 

「神様」なら人々が困っていたら助けてくれるのではないでしょうか。

 

人々を困らせるのは「暴君」です。

「神様」ではなく「殿様」にすり替わっているように思います。

 

話が横道に逸れましたが、

 

それぞれが少しづつでも歩み寄り、助け合うことができれば

 

今抱えている問題はもう少し楽に解決できるように私には感じられます。

 

「自立」は大事です。

 

しかし、この世界で何にも頼らず一つだけで成り立っているものは

自然界含めて何もありません。

 

それぞれが影響しあい、お互いに関わりあいながら成り立っています。

 

「何かに頼る」ことが悪いことではないです。

 

「全て何かに頼るだけ」の「依存」は良くないでしょう。

「一部を頼る=助けてもらう」という「依存」はよくあることです。

 

「自立」だけではなく、相互に「依存」しあっている。

 

これが本当の姿なのだと思います。

 

堂々と他人を頼り、また、喜んで手助けする。

 

そんな自分でありたいと思います。

 

今日もここまでお読みいただきありがとうございます。


では、また。